渋谷 イタリアンのこんな運用
百本の列車が走ればそのうち10本は10分以上遅れ、そのうち1本は運行がキャンセルされるということである。
こんなことが日本で起こったらどうなるであろうか。
駅は怒りに震える人々でごった返すことであろう。
次に安全性について見てみよう。
英国では、1999年6月23日、ロンドン発グラスゴー行の列車がウィンスフォードで地方列車と衝突して、31人が重軽傷を負った。
また、1999年10月5日、ロンドンの主要ターミナルの一つであるパディントン駅近郊ラドブローク・グローブで列車の衝突事故があり31人の乗客が火に包まれた列車の中で死亡した。
更に、2000年10月17日には、ロンドンのキングス・クロス駅近郊ハットフィールドで列車の脱線事故があり、4人が死亡、34人が重軽傷を負った。
ラドブローク・グローブの事故については、直接的原因は運転手の信号無視とされているが、ほぼ同じ時点で二年前にも列車の衝突事故が起きているほか、英国全土で信号無視や信号の故障による衝突寸前の事故が多発しているという。
また、ハットフィールドの事故については、主たる原因は線路の老朽化と言われているが、老朽化による線路の破壊はすでに九百件以上にのぼるとの統計もある。
こうした英国の鉄道施設の老朽化は、英国で旅をしたことがある人ならすぐにお分かりであろう。
列車について言えば、外側は黒く煤けて傷だらけ、内部の座席も真っ黒に汚れて擦り切れ、内壁は落書きだらけのものが多数走っている。
英国では、民営化の際、列車運行については、全国を25のブロックに区分し、ブロック毎に民間運行会社が入札により得たフランチャイズ(経営権)により、5年から15年の期限つきで運営する方法が採用された。
一方、線路・路盤などの鉄道基盤部分については、レールトラックという民間企業が全国一律に管理し、フランチャイズを得た運行会社が施設利用料を払う仕組みとされている。
レールトラックにとっては、投資の多寡とは無関係に施設利用料が入ってくることから、長期的な投資を行うインセンティブに欠けるために、鉄道基盤部分への長期投資が行われなくなったと言われている。
また、民営化された運行会社各社も短期的利益の追求に走り、長期的視野に立った十分な投資を行ってきていなかったことが指摘されております。
そこで、こうした英国の負の部分を引き継いだB政権が、この問題にどのように取り組んできているのかを見ておこう。
B政権は、「第三の道」と呼ばれる政策を掲げてきた。
「第三の道」とは、旧来の労働党が掲げてきた「高福祉・高負担」「市場よりも国家、企業の国有化」という左側の道ではなく、また、S主義が掲げる「低福祉・低負担」「市場主義、民営化」という右側の道でもない、基本的にはS主義に立脚しながらも、その弊害を緩和する方策を包含する第三の道を追求しようとするものと説明される。
S主義との相違点は、S主義により、「市場万能主義・競争絶対主義」が急激に浸透したため、社会が極端に弱肉強食化し、社会から排除される人々が増加するとともに、貧富の差が広がり、また、過度の自己責任主義・国家の後退が、犯罪の急増、社会不安の増大、コミュニティーの崩壊を招いているとの基本認識に立脚していることである。
スチュアート・ホワイトは、「第三の道」を構成する要素として三つを挙げている。
「真実の機会の確保」である。
国家の役割は、全ての国民が等しく市場に参加する機会を作ることであり、市場からの落伍者に対してセーフティー・ネットを整備する必要はあるが、それは、単に福祉給付を与えるものではなく、再度、市場に復帰するための準備をさせるものと理解される。
こうした考え方を体現したB政権の目玉政策が、「福祉から労働へ」である。
貧しい人々の生活を単純に下支えするのではなく、機会を失った、あるいは奪われた人々が再び自立して独り立ちできるようサポートするための福祉ということである。
こうした観点から、ブラウン蔵相は、「福祉から労働へ」の政策を、従来の「セーフティー・ネット」ではなく、社会から排除されている人々を社会へ復帰させるための「トランポリン」の政策と呼んでいる。
「市民としての責任」である。
B首相は、1997年の労働党大会で、「健全な社会の基礎は権利(国館三の)にあるのではない。
義務(合ご)にある。
他人に対する我々の義務である」と述べている。
この真実の機会の確保と市民としての責任を前提として、第三の要素が指摘される。
「コミュニティー」である。
「第三の道」では、極端な個人主義、市場主義から生ずる諸々の弊害を緩和するために、「コミュニティー」や「家族」といったものが、公的分野を補完するものとして再認識される。
検証の難しいところではあるが、英国において「公的」なるものの崩壊、「公と私のアンバランス」が、個人主義のもとに進んでいるという意見はしばしば耳にするところである。
「それは私の権利だ。
私は誰にも迷惑をかけていない」とか「私は自分の信じることをする。
誰も私に指図することなどできない」といった言葉が、若者を中心によく聞かれるのは、日本と同様である。
保守党政権、労働党政権を問わず、英国は、戦後一貫して、福祉国家の見本のような国であり、その基本は、「国が何を国民に与えるか」「国がどう国民を助けるか」というものであった。
国民からすれば、「国に何かしてもらう」権利が常に中心にあったわけである。
S主義は、これを「自分のことは自分で面倒を見る」「何かしてもらう」よりも「自分が何をすべきか」義務ということから考えるよう、転換を図ろうとした。
具体的に言えば、失業手当てを受ける権利を行使する前に積極的に仕事を探す努力をしろということである。
「第三の道」は、「そうは言っても、全ての人間が完璧なわけではなく、最初から不利な条件に立たされている人もいる。
したがって、参加のための条件整備をするのが国家の役目である」という基本姿勢に立っている。
いずれにせよ、「第三の道」の内容は多岐にわたっており、全体像はなかなかつかみ難いし、具体的政策のレベルで、どの程度S主義と異なるのか、旧来の労働党と本当に決別しているのか、S主義と旧来の社会主義を足して二で割るようなことが可能なのか、必ずしも明らかとは言えない。
B政権の場合、自らを「モダナイザー(近代化を進める者)」と称して、次から次へと新しいことを試みるため、実際には、かなり場当たり的で言葉だけが上滑りしている印象が拭えないという指摘も繰り返しなされている。
また、同じく「第三の道」を掲げたK政権の退陣とともに、英国でも、B首相やブラウン蔵相など労働党幹部が、2001年の総選挙に向けてこの言葉をあまり頻繁に使用しなくなった、という事実にも目をむけておく必要があろう。
ただ、はっきりしていることは、二つの意味で、「第三の道」が歴史の必然だったということであろう。
18年間続いた保守党政権の下で、支持基盤を徹底して干しあげられた労働党にとって、「第三の道」は、中身はともかくとして、中道に擦り寄り支持基盤を拡大するための、強いスローガンとなったということである。
歴史の巡り合わせということでも、「第三の道」は歴史の必然である。
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